淡路国

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本データベースは、未だ試験的な運用段階にあり、これから改良・整備しながら、掲載国数を徐々に増やしていく予定です。
また、郷村表はもともと各国担当者によってWordで作成されており、これを、「ムラの戸籍簿」研究会事務局で集約して公開用に変換しております。
変換作業上、特殊な文字や史料表記について、やむをえず作成者の作成した文字データが反映されていない部分のありますことをご承知おきいただけましたら幸いです。
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作成者:拝原 祥子

郷村名郡別世紀別初出表

概要

概要

現在の南あわじ市・洲本市・淡路市に該当する。古代から南海道の一国として成立し、下国とされる。島国であるので国域の変動はなく、郡域の変動も確認されていない。
淡路国は三原平野を中心とする三原郡と、東北を中心とする津  名郡の二郡から成っており、『和名抄』ではそれぞれ津名郷・志筑郷・賀茂郷・安平郷・物部郷・廣田郷・都志郷・育波郷・来馬郷・郡家郷、倭文郷・幡多郷・養宜郷・榎列郷・神稲郷・阿万郷・加集郷、の計17郷が確認出来る。
国府・国分寺・国分尼寺は現在の三原町にあったと推定されている。古代より資源に恵まれた土地であったとされ、12Cには島内に多くの荘園が確認できる。
鎌倉時代、佐々木経高、和田義盛、長沼宗政が守護となり、以後長沼氏の所領となった。室町時代に入り細川氏の支配するところとなるが、一時、三好氏が領したこともある。のちに織田信長は仙石秀久を、豊臣秀吉は脇坂安治をここに封じている。

参考文献


典拠史料

『兵庫県史』史料編古代1(兵庫県史編纂委員会編、1984年)、史料編中世1(同編、1983年)、史料編中世4(同編、1989年)、史料編中世8(同編、1994年)、史料編中世9古代補遺(同編、1997年)
「奈良文化財研究所 木簡データベース」
http://www.nabunken.go.jp/Open/mokkan/mokkan2.html
『木簡研究』(木簡学会、1983‐2002年刊)
『護国寺誌』(中野栄夫編、護国寺本地堂再建記念、同成社、1996年)
「来田文書」(京都大学総合博物館所蔵写真版を担当者が確認し翻刻した。

凡例

『兵庫県史』は、巻次のみ記載した(例えば、「古代1」「中世1」)。
・「来田文書」は、京都大学総合博物館の目録番号を採用した。

郷村表

津名郡

郷(里)

津名、志筑、賀茂、安平、廣田、都志、来馬、育波、(物部、郡家)

郷(里) 年月日 西暦 原     文 出  典
物部里☆ 津名郡 和銅7.-.- 714 〔平城宮跡出土木簡〕【物部】淡路国津名郡物部里人夫/竹野君廣嶋〈□□□□/和銅七年□月〉 古代1p.499
志筑郷☆ 津名郡 天平3.9.- 731 〔平城京跡木簡〕【志筑】淡路国津名郡志筑郷三□/天平三年九月 『木簡研究』6p.18
安平郷☆ 津名郡 天平20.9.- 748 〔平城京跡木簡〕【安平】淡路国津名郡安□(乎)郷人夫〈戸主磯秦僧一斗五升同/廣山三斗戸主私マ角五升/合一俵 天平廿年九月 古代1p.509
来馬郷☆ 津名郡 天平勝宝4.-.- 752 〔平城宮跡出土木簡〕【来馬】淡路国/□□(津名ヵ)郡□馬郷□(貢ヵ)□/戸口同姓男調三斗勝宝四 『木簡研究』25p.11
育播郷☆
二見里
津名郡 (8C) 〔平城京跡出土木簡〕【育波】(表)淡路国津名郡育播郷二見里人大戸主海 (裏)稲村戸同姓三田次調三斗 平城宮発掘調査出土木簡概報24p.30
月里 津名郡 (8C) (平城宮跡出土木簡)(表)淡路国津名郡育波郷月 (裏)里百姓戸海部飯万呂調三斗 平城宮発掘調査出土木簡概報24p.30
賀茂里[1] 津名郡 (8C) 〔平城京出土木簡〕【賀茂】淡路国津名郡賀茂里人・夫〈中臣足嶋庸米三斗/同姓山□(部ヵ)庸米三斗〉并六斗 古代1p.509
広田郷☆ 文治6.4.19 1190 〔内宮役夫工料未済注文〕【広田】淡路国/国分寺 下知横山権守時廣/広田郷 下知大和前司重弘、其状相副之 『吾妻鏡』[2] 建久元年四月十九日条
都志郷[3]
郡家郷[4]
津名郡 貞応2.4.30 1223 〔淡路国大田文〕【都志】淡路国 二郡/注進 国領并庄薗田畠地頭注文事/合/津名郡/国領/都志郷田二十一町八反百五十歩/郡家郷田三十町三反/賀茂郷田廿五町六反廿歩 中世9p.447
皆川文書
筑佐郷 延慶2.12.27 1309 〔鰐口銘〕敬白奉懸筑佐郷八幡宮/施入金口一面事/延慶二年〈□□/己酉〉十二月廿七日/平氏福若女敬白 中世4p.617
満泉寺[5]
かりやのさと[6]
下田のさと[7]
くのきはやしさと
上郡
(津名)
永正15.4.19 1518 〔あわちや平三郎売券〕あわちの国之内上こうりのふん之内かりやのさといちゑん、同并下田のさといちゑん、同くのきはやしさと合三さと 来田文書221
にいのさと[8]
くのゝさと[9]
いの内之さと
つくえ七村 永正16.8.3 1519 〔淡路屋兵衛大夫売券〕永代売渡申道者の事あわちの国/合つくへ七村/にいのさと一ゑん/くのゝさと一ゑん/いの内之さと/なつやけ一ゑん/いした一ゑん/はま一ゑん/南かうちの村 一ゑん 来田文書228
かきの原里[10]
横山ノ里[11]
畑田ノ里[12]
河内ノ里[13]
浦ノ里[14]
くるまノ里[15]
志ら山ノ里[16]
椎木林ノ里
いせの宮里[17]
みたさき里[18]
かまくちの里[19]
小田ノ里[20]
上郡
(津名)
大永3.6.1 1523 〔八日市善兵衛尉売券〕御道者之国ハ淡路上郡之内一、かきの原里一円、横山ノ里一円、同畑田ノ里一円、同河内ノ里一円、同浦ノ里一円、同くるまノ里一円、志ら山ノ里一円、椎木林里一円、同くのき林ノ里一円、同いせの宮里一円、みたさきノ里一円、かまくちの里一円、上郡小田ノ里一円、 来田文書230

年月日 西暦 原     文 出  典
葛尾村☆ 延文6.2.27 1361 〔淡路国守護細川氏春書下〕東福寺自長老承候都志郷百姓等逃失事‖一葛尾村事、先年依所務煩、地下人之所務年貢、櫟田方可取渡之由被仰候、度々無沙汰之間、百姓等逃散事無謂候、何も急速致其沙汰、可有注進候、謹言 中世8p.474
九条家文書
深草村☆ 応永2.9.- 1395 〔淡路国都志郷〕東福寺御領淡路国都志郷地頭方〈応永/弐年〉内検目録之事‖一新々田 九拾歩 応永二年興之取出 深草村 中世8p.484
九条家文書
佐野村☆ 延徳2.11.4 1490 〔『伺事記録』〕一賀茂社雑掌申淡路国生穂庄并佐野村等事/近日守護押妨無謂既相当神人等相支雖申之先相宥遂無為之節訖明後日六日氏神祭及違乱之条可成下御下知之旨申之可成奉書之由被仰下之〈申次/葉室殿〉 増続大成『伺事記録』p.271
十一月四日条
御子村 牧石荘
(津名)
明応3.-.- 1494 〔淡路国牧石荘年貢算用帳〕八幡宮御領淡路国牧石庄御年貢米散用状事/合明応三年分‖御子村流鏑馬二斗二升三合 中世7p.51
石清水田中家文書
南かうちの村[21] 永正16.8.3 1519 〔淡路屋兵衛大夫売券〕同文により省略 来田文書228

三原郡

郷(里)

倭文、幡多、養宜、榎列、神稲、阿萬、(加集)

郷(里) 年月日 西暦 原     文 出  典
倭文郷☆ 三原郡 天平7.-.- 735 〔平城京跡出土木簡〕【倭文】(表)淡路国三原郡倭文郷人夫日下部□調一斗 (裏)□天平七年分 平城宮発掘調査出土木簡概報22p.39
阿麻郷☆ 三原郡 □平宝字5.10 761 〔平城宮跡出土木簡〕【阿萬】(表)淡路国三原郡阿麻郷戸主海部□麻呂戸口同姓嶋万呂調塩三斗 (裏)□ 平宝字五年十月四日 平城宮発掘調査出土木簡概報38p.22
秦郷[22] 久寿2.12.29 1155 〔太政官符案〕【幡多】太政官符 民部省/応停止官使検非違使院宮諸司国使等闌入、弘誓院領諸国荘園内并大小国役事‖壱所 字掃部庄/在淡路国管秦郷/田拾弐町 畠陸町 中世8p.257
隨心院文書
東神代郷☆
八木郷☆
元久2.4.- 1205 〔淡路国司庁宣〕【養宜】【神稲】(花押)/庁宣 留守所/可早[  ](引募一二宮)□□(法華)桜両会舞楽[  ](料田荒野)□□(拾町)事/右両会舞楽料田荒野拾町、可引募東神代八木両郷之由、去[  ](々年)雖被成下御庁宣、件郷等無□□(好便ヵ)之□□□(田代歟)、早令開発榎列并西神代之荒野、可引募彼料田之状[  ]如件、留守所宜承知、敢勿違失、以宣、 中世1p.530
護国寺文書2
西神代郷☆ 三原郡 貞応2.4.30 1223 〔淡路国大田文〕淡路国 二郡/注進 国領并庄薗田畠地頭注文事‖三原郡/国領/東西神代郷‖西神代郷田四十八町三百卅歩‖東神代保田廿六町五反四十歩 中世9p.451
皆川文書
榎列郷 (三原) 延元元.3.8 1336 〔左少将藤原某田地寄進状〕奉寄進播磨国伊河大山寺灯油田事/合淡路国榎並郷地頭方内田地弐町者/坪付在別紙/右件田地者、淡路国守護領榎並郷内也‖左少将藤原朝臣(花押) 大日本史料6編3冊p.190
太山寺文書
尾﨑之里 (三原) 永禄2.7.10 1559 〔幸福七十郎売券〕永代売渡申御道者之事/合壱処在所者阿わちの国尾﨑之里一円家数八十 来田文書341
かわち郷 三原郡 天正14.11.3 1586 〔淡路国御蔵入目録〕‖あわちの国御くら入もくろく(表紙)‖淡路国三原郡御蔵入目録‖一百参石 かわち郷 中世1p.191
脇坂文書

年月日 西暦 原     文 出  典
八木村[23]
塩浜村☆
八太村[24]
湊村☆
榎烈村[25]
長田村☆
三原郡 貞応2.4.30 1223 〔淡路国大田文〕‖三原郡/国領‖八木村/塩浜村/八太村‖湊村‖榎烈村‖長田村 中世9p.451
皆川文書
河内村 三原郡 永徳3.8.25 1383 〔鰐口銘〕淡路国三原郡河内村七社御法具鰐口也/工作者頼祐 願主藤原友生年七十三歳/永徳三年八月廿五日 中世4p.620
三宝院文書
野田村☆
高蔵村[26]
西山村
法花寺村
牛田村[27]
鍛冶屋村☆
中村[28]
忌部村
立川瀬村☆
文明2.8.11 1470 〔番役差定〕定/賀集山護国[  ]番張(帳)事/一番〈野田村/高蔵村〉〈寺方/正井殿/下総殿〉/[ ](二番)西山村〈西山殿/河田殿〉/三番〈法花寺村/牛田村〉〈久米殿/伯耆殿/土居殿〉/四番〈鍛冶屋村/中村〉〈西殿御方/粟井殿/北嶋殿〉/五番〈忌部村/立川瀬村〉道泉〈近藤殿/賀集殿〉/六番福良/右守此旨、三宛可被勤御番所如件、 中世1p.541,542
護国寺文書28
八幡村☆ 天文18.6.9 1549 〔資材帳(断簡)〕‖□文十八‖〈己/酉〉六月九日/(裏打紙書込)「八幡村/護国寺/収蔵」 中世1p.553
護国寺文書
とくなか村[29]
こくぶ村[30]
浦かへ村[31]
三原郡 天正14.11.3 1586 〔淡路国御蔵入目録〕‖あわちの国御くら入もくろく(表紙) ‖淡路国三原郡御蔵入目録‖一参百弐拾石九斗 とくなか村‖一七拾六石参斗 こくぶ村‖一百六拾石九斗 はだ村‖一参百五拾八石 浦かへ村 中世1p.191
脇坂文書

  1. 「賀茂郷」貞応2年(1223)「淡路国大田文」(中世9、p.447、皆川文書)。
  2. 国史大系『吾妻鏡』。
  3. 「都志郷」元徳2年(1330)「六波羅探題御教書」(中世8、p.462、九条家文書)。
  4. 「和名抄」の「東急本」記載の郷。「 郡家郷」永和3年(1377)6月13日「光定田地年紀渡状」(中世7、p.519、大徳寺文書丁箱 270)。
  5. 洲本市千草丁。
  6. 「上こうりのふんの」、p.1030。旧高旧領取調帳「仮屋浦」(かりやうら)。
  7. 旧高旧領取調帳「下田浦」(しもだうら)。
  8. 旧高旧領取調帳「仁井村」。
  9. 旧高旧領取調帳「久野々村」。
  10. 来馬村のうち、柿の原に比定される。
  11. 地名大系によれば、来馬村付近の「横山」に比定。
  12. 地名大系によれば、来馬村付近の「畠田」に比定。
  13. 淡路上郡内 p.1029。旧高旧領取調帳「河内村」(こうち)。
  14. 旧高旧領取調帳「浦村」。
  15. 淡路上郡内 p.1029。旧高旧領取調帳「来馬村」(くるま)。
  16. 淡路上郡内、p.1029。旧高旧領取調帳「白山村」(しらやま)。
  17. 淡路上郡内、p.1030。伊勢久留麻神社の所在地、伊勢宮。
  18. 淡路上郡内、p.1031。三立崎保。
  19. 淡路上郡内 p.1031。旧高旧領取調帳「釜口村」(かまぐち)。
  20. 「上郡 小田ノ里一円」p.1043。旧高旧領取調帳「小田村」。
  21. 淡路上郡内の近世村「机南村」に比定される。
  22. 「秦郷」承久4年(1222)4月5日「太政官牒」(中世8、p.258、随心院文書)。
  23. 旧高旧領取調帳「上八木村」「中八木村」。「和名抄」の三原郡養宜郷の郷名を継承したと見られる。「はだ村」天正14年(1586)11月3日「淡路国御蔵入目録」(中世1、p.191、脇坂文書)。
  24. 旧高旧領取調帳「下八太村」「中八太村」「上八太村」。三原郡幡多郷の後身とみられる。笶原保に属す。
  25. 旧高旧領取調帳「小榎並村」「大榎並村」。「中村一円」永正15.3.28(1518)「道者売券」(来田文書)。
  26. 近世村の「福井村」にあたるか。16C末に法華寺村と高萩村が「高蔵村」となり、その後「福井村」に改称した。
  27. 旧高旧領取調帳「牛内村」。
  28. 近世村の「賀集中村」にあたる。
  29. 旧高旧領取調帳「徳長村」。
  30. 旧高旧領取調帳「国分村」。
  31. 旧高旧領取調帳「浦壁村」。